2018年6月22日金曜日

「第91回日本整形外科学会学術集会」に参加しました。

佐々木です。
52427日、神戸で開催された、第91回日本整形外科学会学術総会に参加してまいりました。
私は24日の日勤後18時に出たものの、新幹線の電気系統のトラブルで、神戸のホテルに着いたのは翌朝6時でした。さすがに午前の講演には参加できず、午後から参加することとしました。


講演は外傷、脊椎、股関節、膝、腫瘍、骨粗鬆症などそれぞれのテーマごとに会場がわかれていたため、私は外傷の会場で講演をきくことにしました。
外傷については救急科の先生も講演されていました。外傷の各論的な話も大変勉強にはなりましたが、より多く興味をもたれていたのは、整形外科と救急科がどう連携しているか、良い関係ができている病院ではどんなことに気を付けているのか、といったことでした。
連携がうまくいっている病院では、毎日、整形外科、救急科、集中治療科でカンファレンスを開いたり、整形外科医も蘇生処置の一員として率先して関わっている、といったご意見をうかがいました。救急科としては、どの科に対しても言えることですが、相手を尊重してコンサルトすることが強調されていました。


今回の学会で、整形外科、救急科がどうやってより良く連携していくかという課題に対して、他の病院も強い興味を持っていることがわかりました。今後も当科としてもより一層努力していきたいと思います。

2018年6月20日水曜日

新病院での体制vol.2 「群馬県ドクターヘリ」

町田です。
小橋先生から新病院でのドクターカー体制を紹介してくれましたので、続いて僕からドクターヘリ体制の紹介をします。

まず一言・・・『ドクターヘリの運用は大きく変化なし!』です。
今まで通り119番を受けた消防の通信指令課員や現場に向かう救急隊の判断で、“救急隊現着前にドクターヘリ要請”が原則となっています。そして要請と同時に出動態勢に入り、現場到着とともに初期診療を始める・・・今までとまったく同じです。



大きく変わったことは、『地上ヘリポートでの運用』です。
旧病院の屋上ヘリポートは景色はとてもよかったのですが、夏の高温&冬の強風のために年の半分も屋上に待機できず、また強風の日は病院に直接患者搬送ができなかったデメリットがありました。
しかし新病院の地上ヘリポートは救急外来からとても近く、離陸までの時間短縮、速やかな患者の処置室への搬送につながっています。

また『格納庫&給油施設の整備』により、連続出動への迅速な対応や機体への負担軽減に大きく寄与しています。

そして一番の特徴は『とにかく大きいヘリポート!』です。
新病院の地上ヘリポートはドクターヘリ・防災ヘリが5機に加えて、大型の自衛隊ヘリ(CH-47)が着陸することができます。この大きさの理由は大規模災害が発生した時に、当院で被災地より重症患者を多数受け入れ、当院で治療を加えたうえで直接当院に入院したり、さらにヘリを使って県内各病院と連携していくことを考えています。
でかい!!
さらに屋上にもヘリポートを準備してさらに多数のヘリを受入れられようにしています。


とにかく今までの運用よりとてもシンプルでやりやすくなったことは間違いありません。
しかしながら群馬ヘリポートにいく機会がすっかりなくなってしまいましたが、近日に県警ヘリ・防災ヘリ・ドクターヘリ連携ワーキンググループを開催したり、以前行っていた「群馬県ヘリコプター合同勉強会(警察航空隊、防災航空隊、陸上自衛隊、赤十字飛行隊、ドクターヘリおよび関係各消防が参加)」も再開しようと考えています。
群馬ヘリポートの夕日
旧病院屋上ヘリポート
新病院地上ヘリポート


2018年6月18日月曜日

大阪北部で“震度6弱”~2日連続の地震対応~

町田です。
今朝に大阪北部を中心とした大きな地震により、3名の尊い命が犠牲となり300名を超えるけが人が発生しました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、けがをされた方々の1日の早い回復を心から願っております。


昨日は群馬県を震源とする地震では観測史上最大の震度5弱を記録しましたが、被害がほとんどなかったためなのか朝の通勤風景はいつもと変わることはありませんでした。
週初めでいつもより早めに出勤しやや忙しい始業前の時間を送っていたところで、出勤したスタッフから「大阪で震度6弱」という情報が飛び込んでいました!

大阪で“震度6弱”・・・これは日本DMAT自動待機基準(いつでも出動できる準備をしておくこと)に当てはまります。
ただちに当直者とともに情報収集チームではなく「院内災害対策本部」を立ち上げて、情報収集、派遣医療チームの選出・準備を行いました。
地震を体感しなかったため情報入手がやや遅れ、
災害対策本部立ち上げは地震発生から9分後。
初動救護班(DMAT)2チームの決定は33分後。
もちろん群馬県では通常の救急医療が行われているため、日勤のメンバーで災害対策本部に入るメンバーを決定しそれに伴う通常業務の再配置を行いました。
今回は中村センター長が不在(DMAT事務局のある災害医療センターに研修参加中)、町田が院内にいたのでそのまま災害対策本部長となり、副本部長は午前中を小橋先生、午後からは休み返上で駆けつけてくれた中林先生に交代し(小橋先生は予定されていた県内高校教職員への講習会を実施)、看護副部長、災害救急事業課とともに本部運営を行っていました。

災害対応中にややメンバーが減った中で平時の業務を通常通りに行ってくれた当科スタッフ、救急外来スタッフをはじめ多くの院内の皆様に心より感謝いたします。
群馬県庁からのDMAT待機解除の連絡を受けて
17時40分に院内災害対策本部は解散。

まだ大阪府を中心としたDMAT、日赤などの救護班が活動中です。余震などに十分気を付けてけがなどなく安全に活動ができることを祈っています。
尚、当院も院内災害対策本部は解散しました、引き続き本日の当直者を中心に情報収集チームを
残して活動を行っています。


(2018年6月19日17時追記)
残念ながら亡くなられた方が4名となりました。あらためてご冥福を心よりお祈りいたします。
また当院情報収集チームは今朝9時に9回目のミーティングを行った後に解散となりましたが、引き続き余震や避難者の情報などに耳を傾けていきます。

2018年6月17日日曜日

“震度5弱”~群馬県内震源では最大規模の地震~

本日午後3時27分頃、群馬県南部(群馬県の住んでいると中東部という感覚ですが)を震源とした地震が発生しました。渋川市で最大震度5弱を記録しましたが、この“震度5弱”という震度は群馬県内を震源とする地震では、大正12年の観測以降最大とのことです。

地震発生直後より群馬県庁には災害対策本部が立ち上がり、当院でも情報収集チームを立ち上げて情報収集などを行いました。
ガラスや瓦屋根の破損の被害報告はあるようですが、21時の時点でこの地震に伴う傷病者は発生していないとのことです。大きな被害が出ていなくて一安心です。

全国の皆様から心配のメールをたくさんいただきありがとうございました。
今回は大きな被害がなかったこともあり、夕方の時点で情報収集チームは解散し通常の救急体制で運用しています。


ちなみに町田はちょうど館林厚生病院で開催中のICLSコースに参加していましたが、短時間の突き上げるような揺れとともに緊急地震速報が鳴り響いたためコース会場が一気に青ざめました。幸い新しい建物の病院であったため特に大きな問題が起こりませんでしたが、会場にいたDMAT隊員何人かで情報収集活動をコースと並行して行っていました。

東毛ICLSコースに参加させていただいていました。
施設に全くのトラブルなく、コースは無事終了しています。
テレビを横目に県の局地災害情報を確認。
EMISから各病院の被害状況を確認。

東日本大震災前まではほとんど地震保険に入る人がいないほど「群馬県は地震がほとんど起こらない」という神話がありましたが、やはりいつどこで地震が起こるかわからないことを痛感し、あらためて様々な災害に対応できるように心構えが必要だと感じました。


帰りに道に「地震の影響による道路の状態にお気を付け下さい」と
カーナビからアナウンスがありました。(地図の黄色部分が注意エリア。)


2018年6月16日土曜日

朝倉町に救急病院がやって来た~! (群馬県ドクターヘリ5月度活動実績を更新しました。)

Web担当の伊藤です。

これまで6月1日前橋赤十字病院移転のお話を医師の視点でしてきましたが、今回は記録係の視点でお話しさせていただきます。


6月1日移転当日まで計2回の大規模な移転リハーサルを行ってきました。
いよいよ本番の6月1日、近隣の方ならお気づきだったと思いますが、移転で使用する旧病院から新病院までの移転ルートには、移転お知らせの看板が立てられていました。





患者さんを乗せる搬送車の前には、白バイやパトカーが先導して旧病院と新病院の間を何往復もしました。当然、普段はあまり見られない光景ですね。








群馬県内の看護学生さんがたくさんお手伝いに
来てくださいました。本当にありがたいことです。
搬送に関わるスタッフは、朝7時の集合でした。当日は看護学校の学生さんがたくさんお手伝いに来てくださったので、筆者はその受付のために、6時45分の出勤でした(^.^;;)









集合が早い当院のスタッフたち。
日頃のチーム医療の賜物です。
搬送スタッフはチーム毎に分かれていました。主に移送本部、搬送担当、受入口担当などです。それぞれがゼッケンをつけて、役割がわかるようになっていました。








 旧病院と新病院の移送本部スタッフの話し合いはテレビカメラで行っていました。
カメラの前にいると誰でも写り込んでしまうので、ぼんやりした顔をしているのがすぐにバレてしまいます。







新病院本部統括担当の藤塚副部長です。前回の記事の写真はご本人が撮影されていたので、その活躍するお姿は写っていませんでしたが、筆者は、きちんと撮影しました。何があっても慌てることなく、しっかりと大事業をやり遂げていました。








患者さんの到着を待ちわびる搬送担当の
初期研修医たち。 特別な経験ができたと
笑顔で答える姿に 頼もしさを感じました。
今回の搬送を成功に導いたのは何より搬送現場のスタッフだったのではないかと思います。患者さんが運ばれるたびに受入口から病棟まで何往復もしていた搬送スタッフの方々。きっと最後は足が棒になっていたに違いありません。











受入担当の脳外科藤巻部長と呼内土屋副部長。
真剣な表情が印象的です。
また、普段は診療に専念する医師たちも、当日は1日中患者さんの受入を管理していました。 いつもとは違う表情をされていて、なんだか新鮮な気分でした。












病棟をコントロールする丹下副院長。
旧病院と変わらぬ光景です。
搬送が始まると、昨日までガランとしていた病棟も、賑やかになりました。人が入る前は無機質で何もないように感じた空間ですが、人が住み始めると、急に生活感が出るものですね。











スタッフ全員で協力し合い、
患者さんを安全にベッドへ移動しました。
ICU入室中の重症患者さんは、搬送が早期終了となり、患者さんへの負担を最小限にしていました。ここも昨日までは無機質でしたが、スタッフが集まることで、急に活気づきます。








スタッフのお昼はおにぎり2個とおかずが少し支給されました。配布場所の職員用のコミュニティモールに、たくさんの職員が集まりました。








当初夕方5時までの予定だった搬送も、3時には全て終了しました。最後の病院長の挨拶で、このような大事業をこんなに短時間で行えたことは、日赤ならではの力であり、またそれを見事にこなした当院スタッフはこれからも苦難を乗り越えていけるだろう、とのお言葉がありました。






こうして筆者が生まれ育ったわが町に前橋日赤がやって来ました。
これまでも上川淵住民に対する移設についての説明会が幾度となく行われて来ましたが、その一住民としては、すでにその受入はできていて、ごく日常的なこととして近所の救急病院の存在を認めている、ということです。
筆者がこの病院を定年退職後も、地域の住民としてなんらかのお世話になるであろう前橋日赤です。
職員としても、地域の住民としても良い関係を持ち続けたい。

そういった病院であり続けることを願う今日この頃です。

移送当日にも出動があったドクターヘリ。地上から飛び立つ姿はなんとも圧巻です。





こちらも更新しています。



2018年6月15日金曜日

新病院での体制vol.1 「前橋ドクターカー日赤」

小橋です。
新病院への移転が無事に終わり通常業務と同じ体制に戻りつつありますが、まだ新病院の環境に慣れておりません…


今回は「前橋ドクターカー」についてのお話をさせていただきます。

前橋市では20132月から前橋市消防局と連携し、「ドクターヘリ補完的事業としてのドクターカー運用」を開始しました。
当時は荒天などの運航時間外のみにドクターカーの運用を行っていましたが、20163月からはドクターヘリの運航時間内もドクターカーの運用を開始、さらに20183月からは群馬大学医学部付属病院もドクターカー(前橋ドクターカー群大)の運用を開始しました。

そして6月、新病院への移転と共に当院ドクターカー(前橋ドクターカー日赤)も新たな体制に変わりました。


○ピックアップ方式からステーション方式へ

ドクターカーの運用方法はピックアップ方式とステーション方式に分けられます。

ピックアップ方式は近隣の消防署などから救急車を出してもらい、それに同乗して現場進出する方法、ステーション方式は病院内に救急車・消防職員が駐在し、要請と同時に現場進出する方法です。ピックアップ方式は人的資源・金銭的資源の節約になるという利点がある反面、出動までに時間を要するという欠点があります。一方、ステーション方式の利点・欠点はその逆になります。

旧病院ではドクターカー要請と同時に約500m離れた前橋市消防局から救急車を出してもらっていた(ピックアップ方式)のですが、新病院では日中、常に救急隊員と救急車が院内に控えており、要請とほぼ同時に出動することが可能になりました(ステーション方式)。
これにより、ドクターカー要請から出動まで、2-3分の短縮が実現しました。この時間短縮によりさらなる早期の医療介入が実現され、また、今まではドクターヘリに頼っていたちょっと遠距離の事案でもドクターカーが有効に活用できるのではないかと考えています。


○ドクターカーが現場に先着する可能性も

ドクターカーの活動は現場救急隊との連携が必要不可欠です。傷病者がどのような状態か、どのような処置が必要か、先着した現場救急隊と連絡を取り合って作戦を立てながら現場に向かいます。現場では先着救急隊と協力しながら診療・病院選定・搬送を行っていくため、先着救急隊の存在はとても大きいものになっています。

新病院に移転し、要請から出動までの時間が短縮されたことで、現場救急隊の到着後すぐにドクターカーも現場に到着することが増えると考えられます。現場救急隊の観察・情報収集が不完全な状態でドクターカーが到着、または現場救急隊が到着する前にドクターカーが傷病者のもとに到着してしまうこともありえます。
要請内容と実際の傷病者の状態が大きく違うことや、交通事故などの現場などまだ安全確保がされていない現場に進出する可能性もあり、今後は単に診療を行うだけでなく、我々も救急隊と同等の現場活動ができなければなりません。


新病院への移転により医療介入時間の短縮は確実に達成できますが、医療介入時間の短縮と患者さんの予後改善は必ずしも結びつくものではありません。
救急隊との連携を深め、より質の高い診療を行うことで少しでも患者さんの予後改善に努めていきたいと思います。

LinkWithin

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...