2020年4月1日水曜日

2020年度の新スタッフ紹介です!

今年は新型コロナウイルス感染拡大防止により、前橋赤十字病院 新採用職員全員集合でのオリエンテーションは取り止めとなりました。また、辞令交付式は各部署毎となり、異例の新年度幕開けとなりました。

そんな中、集中治療科・救急科は8名の新スタッフ迎え、総勢24名体制(非常勤除く)でのスタートです。


 




<後列(左から)>
水野 雄太 先生(飯山赤十字病院より)
杉浦 岳(がく) 先生(手稲渓仁会病院より)
山口 勝一朗(しょういちろう) 先生(相澤病院より)
小林 喜郎(よしろう) 先生(西吾妻福祉病院より)
<前列(左から)>
増田 衛(まもる) 先生(厚生労働省より)
武村 秀孝 先生(京都第二赤十字病院より)
津内(つうち) 由紀子 先生(板橋中央病院より)
川上 歩 先生(都立墨東病院より)

この中で、以前当院で研修を行った先生が3名(水野先生、小林先生、増田先生)もいらっしゃり、当院を卒業後、さらに経験を積んで戻ってきてくれるのは本当に嬉しい限りです。

また、ここしばらく撮影できなかった集中治療科・救急科スタッフの集合写真を久しぶりに撮影しました。


※頭しか見えない先生がいらっしゃいますが、心霊写真ではないのでご心配なく・・・

大瀧先生と川上先生が、一緒に撮影できなかったのですが、川上先生は新スタッフの集合写真で撮影することができました。
また、大瀧先生は、昨年、海外から帰国して当院に復帰されています。

家庭と仕事を両立され、ますます美しくなった大瀧先生。
変わらず素敵な笑顔です。
  
新任の先生につきましては不慣れなことも多く、関係者の皆様にご迷惑をおかけすることもあると思いますが、未来の群馬や日本の集中治療・救急医療・災害医療を担うスタッフ達にご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

2020年3月31日火曜日

新しい時代が始まります!(群馬県ドクターヘリ&前橋ドクターカー 2020年3月活動実績)

町田です。
このブログも今回で2222回目の投稿となります。以前のバージョンから数えると約10年・・・皆さまに救急医療について少しでも知っていただきたいと思い続けてきて、多くの方々からたくさん応援をいただいてきたことに心より感謝いたします。

さて、今年度最後の投稿もいつも通りの内容です。
新年度になる1時間前に今年度最終月のドクターヘリ・カーの実績報告です。
スキー場でも春の足音がもう聞こえました。


☆群馬県ドクターヘリ 2020年2月活動実績☆
 
上段:活動種別 中段:搬送先病院 下段:疾患分類
年度別要請・出動数

☆前橋ドクターカー 2020年3月活動実績☆
 
総要請数 66件、総出動数 62件
・日赤:要請数 49件、出動数 45件  *時間外出動  0件
・群大:要請数 17件、出動数 17件  *時間外出動  1件

上段:活動種別 中段:搬送先病院 下段:疾患分類(*日赤のみ)
年度別要請・出動数(*日赤のみ)

前橋市消防局管内 年度別ドクターヘリ・カー出動件数

ところで3月いっぱいで一度当院から離れるスタッフがいます。
永山先生は一度鹿児島に戻り研鑽を積んで再び当院に戻ってくる予定です。
そしてこのブログに管理人である小生も、「オール群馬」での救急体制のさらなる発展のために新たなステージで働くこととなります。
(*詳細はこちら → https://drheli-gunma.blogspot.com/2020/02/blog-post_29.html

ということでドクターヘリ・カーも広報活動の主担当も世代交代となります。
ドクターヘリ・カーに関しては実績を見てわかる通りここ数年伸びや悩み感があり、広報活動ももっと今の時代に合ったスタイリッシュなものが求められています。明日からさわやかな風とともに新しい時代が始まります。

いままでもご愛読に感謝するとともに、これからも引き続き応援の程よろしくお願いいたします。


2020年3月29日日曜日

吉野先生、中城先生、太井先生、渡邉先生、ありがとうございました。

今日は朝から群馬県でも雪が降っていました。平野部は今回も積もることなく昼には雨に変わっていますが、ここ数日の温暖の日から一気に冷え込んでいます。新型コロナウイルスだけではなく風邪やインフルエンザにも十分お気を付けください。


もう数日で2019年度から2020年度に切り替わります。これに伴いスタッフの入れ替わりもあり、現在当科在籍の医師1人、そして研修中の3人が3月いっぱいで当科から卒業します。

まずは山梨からやってきた吉野先生は、3年間で熱傷患者を中心とした集中治療管理を学び、研究成果もしっかり残してくれました。またこの病院の厳しい(!?)研修に堪えフライトドクターとして独り立ちを達成しました。山梨に戻ってもさらなる活躍することは間違いないでしょう!

そして3~6か月間の研修で来てくれた中城先生、太井先生、渡邉先生は、全員とても穏やかな振る舞いで周囲のスタッフと協力して診療をしている姿が印象的でした。新型コロナの影響で様々な講習を受けさせることができず申し訳なかったです。戻っても新しいことをどんどん吸収してますますレベルアップしてください。

最前列右から2番目 中城先生、3番目 吉野先生、5番目 竹村さん、6番目 太井先生
渡邉先生
今年度は送別会ができなかったため、カンファレンスで記念写真を撮りました。(渡邉先生は勤務の都合で一緒に写真が取れず申し訳ありませんでした。)
当科の診療秘書として我々が一番苦労を掛けた竹村さんも部署異動のため送別となります。今まで素敵な笑顔で支えていただきありがとうございました。


あらためて吉野先生、中城先生、太井先生、渡邉先生、渡邉先生ありがとうございました。
皆さんとまたどこかで一緒に活動できる日を楽しみにしています。
これからもますますのご活躍を!そして引き続きよろしくお願いします。



2020年3月27日金曜日

新たなる旅立ちを応援します!~「2019年度医師臨床研修修了式」が行われました。~

新型コロナウイルス感染への対応がいつまで続くのかゴールがなかなか見えない中ですが、市民の皆様にはウイルス感染をさせないようにいろいろ気を使いながら活動していただきありがとうございます。医療機関も新型コロナ対策で疲弊していないと言ったらうそになりますが、医療者として市民のために戦い続けています。


このようなご時世ではありますが、2年間当院で患者さんのために一生懸命寄り添って頑張ってくれていた初期研修医13人が、本日をもって初期研修の過程を修了しました。

2年前のオリエンテーションでの「BLS&AEDコース」を受講しているときは、まだまだ学生さんみたいな雰囲気でしたが、知識と技術の習得のために救急対応や緊急手術などにも積極的に参加している姿がとても印象的でした。

例年であれば修了式の後に祝賀会を開催し盛大に旅立ちを見送るところですが、今回は残念ながら祝賀会はありません。その分、4月以降も何らかの形でしっかりサポートしていけるように当科スタッフ一同これからも応援していきます。


ちなみに当科の髙橋先生、西村先生、丸山先生も本日後期研修の修了を認定されました。
センター長をはじめ全員仕事中であったので、初期研修医と違ってスーツ姿が一人もいませんが、それが当科らしくてまた良いことですね!

2020年3月26日木曜日

残されたご遺族のために…~「死因究明」と「縫合処置」~

町田です。
気が付くと県内でも桜がどんどん咲き始めているようです。今年は桜のもとで集うことは自粛となっており、桜にとっても寂しい春かもしれませんが、ひそかに咲き誇って潔く散るところがまた桜らしくてよいかもしれませんね。
とはいえ1年に1度の桜が咲き誇る時期・・・通勤ルートを少しだけ回り道して、車内から桜を眺めたいと思います。


前回は「生と死」に関する話題のうち「生」について書かせていただきましたが、今回は「死」に関して書かせていただきます。
「死」といっても、僕自身まだ生きており死者の気持ちはわかりません。ですが、救急医として12年間働いていて、人を助けたことばかりではなく人の死を見届ける機会がとても多かったことから、「死」に対して救急医として心がけてきたことを書きます。

1つ目は「死因究明」についてです。
過去の大きな災害において、亡くなられた方々のご遺族が苦しんだことの一つに「なぜこの人はなくなったのか?」という亡くなった時の状況、死因が分からなかったことに原因があるという報告がありました。でもこれは災害時だけではありません。通常の救急医療の現場でも、もし助けられなかったときに残されたご遺族に「死因」をしっかり説明することが大切です。
もともと持っていた持病が悪化して亡くなられた場合、医師は「死亡診断書」を記載します。しかし、救急現場では予期せぬ病気やケガが原因でなくなることが多く、その際は病院(主に検査)と警察(主に現場検証)で協力して検死を行います。また検死の中で死因が特定できない場合、事件性がある場合など、必要に応じて司法解剖を行うこともあります(我々はその解剖にも必ず立ち会うようにしています)。そこまで徹底して行うことで、初めてご遺族に死因をしっかり説明することができます。
助けられなかった大切な一つの命について、ご遺族のために医師は死因究明に全力を尽くさなければいけません。

2つ目は「縫合処置」についてです。
大けがで運ばれてきた患者さんの中には多くの傷を負っている方がいらっしゃいます。また救命のために我々が患者さんにメスや針で傷をつける場合もあります。
僕自身は救急医になる前は外科系の医師をしていましたが、手術で傷をきれいに縫合できるまではそう簡単にメスを握らせてもらえませんでした。傷をきれいに縫うことは医師としての基本だからです。しかし傷をきれいに縫うことは生きている方だけが対象ではありません。
ご遺族が目の当たりにするのは体表面の状況です。我々がいかなる処置をしたとしても、できるだけ元気な時の姿に近い形でご遺族にお返ししなくてはいけません。蘇生のための開胸で前胸部に10cm近い傷をつけもし助けられなかったときに、その傷は誰がどのように縫合するでしょうか?メスを体に入れた人がきちんと責任を持っているでしょうか?ご遺族にできるだけ傷が目立たないように縫っているでしょうか?
縫合処置ができなければメスで切る資格がない・・・ご遺族が亡くなられた方とご対面するときの心情を考えて、救急医は患者さんのどんな傷でも丁寧に縫合できないといけません。


「死」に対する医師の心構えについては、医師によって考え方はさまざまであり、また上記以外のことで考えないといけないこともたくさんあります。今回はあくまで個人的に特に強く思っていたことを書かせていただきました。内容が内容だけに気分を悪くされた方がいらっしゃればお詫びいたします。
しかしながら「生と死」は表裏一体です。亡くなられた方だけではなく残されたご遺族の心情に配慮して医療者としてできることをしっかり考えながら「死」と向きあうことが何よりも大切です。

2020年3月24日火曜日

“命てんでんこ” ~「自分の命を大切にして、もっと多くの命をつなぐ」~

町田です。
ここのところのあたたかな気候で、群馬県内の平野部での桜が咲き始めていますが、今朝の前橋市内は北からの強風に加えて雪が舞っています。赤城山や榛名山も雪雲に隠れています。
山間部で雪道の運転になるかもしれませんので、いつも以上に安全運転を心がけてください。


皆さんは「命てんでんこ」という言葉を聞いたことがありますか?

「てんでんこ」とは、過去に何度も津波被害をうけた三陸地方に伝わる言葉で、「各自」「めいめい」の意味があります。もともとは「大地震が来たらすぐにめいめいで高台へ逃げろ」という意味で「津波てんでんこ」という教えがあり、そこから「自分の命はなんとしてでも自分で守れ」という意味を込めた「命てんでんこ」という言葉が生まれたようです。
こうした言葉が受け継がれてきた背景には、過去の地震・津波の際に家族や知人を助けにいったことで避難が遅れ、大切な命を落としてしまった方が多くいらっしゃたからです。

大地震が起きたら取るものもとらず各自てんでんばらばらに高台に逃げることで、結果として全員が助かるというという意味が「津波てんでんこ」「命てんでんこ」には含まれていて、もし結果として他人を助けられなかったとしても、それを非難してはならないという不文律もこの言葉には含まれています。

そして、いざというときにおのおので避難してもいい状況を平時からしっかり準備しておくことが大事だということも、この「命てんでんこ」という言葉には含まれているとのことです。
これは病院という組織だけではなく、家族ともしっかり話しておく必要があります。いざというときに家族がバラバラで避難しても、あとできちんと連絡が取れたり再会できるように事前に約束事を決めておく必要があります。


被災地の方々とお話しすると、「生きている」ことの大切さいつも教えていただきます。僕の知り合いで東日本大震災の際に津波や火災を目の当たりにした元消防職員の方からも、「まず生き延びて、次に何ができるか考える。生きていることでもっと多くの命を救うことができる。」と何度も語っていただきました。
医療者にとっても「患者さんを目の前にして逃げていいのか?」という葛藤があります。ここのところ多くの自然災害が発生し、そのような決断を迫られることがないとは言い切れません。東日本大震災では市民や患者の命を助けるために最後まで勇敢に活動して命を落とした方々も多くいらっしゃいます。その勇気をたたえ後世に引き継ぎながら、いざそのような時には「命てんでんこ」という言葉を思い出し、これからも多くの命を救うために“自分の命を守る”ための決断をしたいと思います。


僕にとっての「命てんでんこ」は、「自分の命を大切にして、もっと多くの命をつなぐ」ことです。このことを大切にして、これからも家族や医療にかかわっていきたいと思います。
皆さんも「自分の命を大切に」して、いまのこの大変な状況をのりきっていきましょう。