残されたご遺族のために…~「死因究明」と「縫合処置」~

町田です。
気が付くと県内でも桜がどんどん咲き始めているようです。今年は桜のもとで集うことは自粛となっており、桜にとっても寂しい春かもしれませんが、ひそかに咲き誇って潔く散るところがまた桜らしくてよいかもしれませんね。
とはいえ1年に1度の桜が咲き誇る時期・・・通勤ルートを少しだけ回り道して、車内から桜を眺めたいと思います。


前回は「生と死」に関する話題のうち「生」について書かせていただきましたが、今回は「死」に関して書かせていただきます。
「死」といっても、僕自身まだ生きており死者の気持ちはわかりません。ですが、救急医として12年間働いていて、人を助けたことばかりではなく人の死を見届ける機会がとても多かったことから、「死」に対して救急医として心がけてきたことを書きます。

1つ目は「死因究明」についてです。
過去の大きな災害において、亡くなられた方々のご遺族が苦しんだことの一つに「なぜこの人はなくなったのか?」という亡くなった時の状況、死因が分からなかったことに原因があるという報告がありました。でもこれは災害時だけではありません。通常の救急医療の現場でも、もし助けられなかったときに残されたご遺族に「死因」をしっかり説明することが大切です。
もともと持っていた持病が悪化して亡くなられた場合、医師は「死亡診断書」を記載します。しかし、救急現場では予期せぬ病気やケガが原因でなくなることが多く、その際は病院(主に検査)と警察(主に現場検証)で協力して検死を行います。また検死の中で死因が特定できない場合、事件性がある場合など、必要に応じて司法解剖を行うこともあります(我々はその解剖にも必ず立ち会うようにしています)。そこまで徹底して行うことで、初めてご遺族に死因をしっかり説明することができます。
助けられなかった大切な一つの命について、ご遺族のために医師は死因究明に全力を尽くさなければいけません。

2つ目は「縫合処置」についてです。
大けがで運ばれてきた患者さんの中には多くの傷を負っている方がいらっしゃいます。また救命のために我々が患者さんにメスや針で傷をつける場合もあります。
僕自身は救急医になる前は外科系の医師をしていましたが、手術で傷をきれいに縫合できるまではそう簡単にメスを握らせてもらえませんでした。傷をきれいに縫うことは医師としての基本だからです。しかし傷をきれいに縫うことは生きている方だけが対象ではありません。
ご遺族が目の当たりにするのは体表面の状況です。我々がいかなる処置をしたとしても、できるだけ元気な時の姿に近い形でご遺族にお返ししなくてはいけません。蘇生のための開胸で前胸部に10cm近い傷をつけもし助けられなかったときに、その傷は誰がどのように縫合するでしょうか?メスを体に入れた人がきちんと責任を持っているでしょうか?ご遺族にできるだけ傷が目立たないように縫っているでしょうか?
縫合処置ができなければメスで切る資格がない・・・ご遺族が亡くなられた方とご対面するときの心情を考えて、救急医は患者さんのどんな傷でも丁寧に縫合できないといけません。


「死」に対する医師の心構えについては、医師によって考え方はさまざまであり、また上記以外のことで考えないといけないこともたくさんあります。今回はあくまで個人的に特に強く思っていたことを書かせていただきました。内容が内容だけに気分を悪くされた方がいらっしゃればお詫びいたします。
しかしながら「生と死」は表裏一体です。亡くなられた方だけではなく残されたご遺族の心情に配慮して医療者としてできることをしっかり考えながら「死」と向きあうことが何よりも大切です。

コメント

  1. 一文字違い2020年3月26日 9:38

    「人」としての心構えが大切なのですね。

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    1. 医療者の前に一人の人間として、相手の命を尊重することと、残されたご遺族に寄り添う気持ちをこれからも忘れないようにしていきたいと思います。

      削除
    2. ありがとうございます。

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