2011年3月31日木曜日

2010年度の終わりに・・・(群馬県ドクターヘリ3月&2010年度実績速報付)

集中治療科・救急科&フライトドクターの町田です。

だいぶ日中の日差しが暖かくなってきましたが、まだ朝方の冷え込みは続いています。群馬はまだ桜が咲いていませんが、群馬を飛び越してでも早く被災地に暖かい春がやってくることを願ってやみません。4月に入っても引き続き救護班を派遣する予定です。


蓮池先生と6か月当科で研修をおこなった
群馬大学初期研修医の吉田先生。
2010年度ももう少しで終わりになります。いろいろなことを振り返りたいところですが、3月11日の震災のためそんな余裕はありませんでした。
異動に伴う準備や引っ越しなどで忙し中で、最後の最後まで共に働いていただいた蓮池先生、宮澤先生、そして救急科での研修を選択してくれた伊東先生、初期研修医のみなさん、本当にありがとうございました。また他科の先生方にも大変お世話になりましたが、お礼の挨拶もできなかったことを心よりお詫び申し上げます。4月からの皆様の新天地でのますますのご活躍を心よりお祈りいたします。


明日からは新たに4名の先生方が当科で一緒に働くことになります。新しい仲間とよりよい高度救命救急センターをめざして頑張っていこうと思います。(当科の平均年齢が下がります!)
4月からの新メンバーを含め、これからもよろしくお願いします。



☆☆群馬県ドクターヘリ実績速報☆☆

【2011年3月】
<要請・出動>
ドクターヘリ要請:46件(先月-4件)
ドクターヘリ出動:32件(先月‐12件)、未出動:14件(うちDMAT活動中7件)
・現場出動:30件
・施設間搬送:1件
・出動後キャンセル:1件(キャンセル率:6.3%)

<要請元消防本部>要請/出動
・前橋市消防 8/8件
・吾妻広域消防 7/6件
・太田市消防 7/3件
・桐生市消防 5/4件
・多野藤岡広域消防 4/4件
・渋川広域消防 4/3件
・高崎市等広域消防 3/1件
・利根沼田広域消防 2/2件
・館林地区消防 2/0件
・富岡甘楽広域消防 2/0件
・伊勢崎市消防 1/1件

<搬送先病院>
・11名 前橋赤十字病院
・7名 高崎総合医療センター
・4名 群馬大学医学部附属病院
・2名 済生会前橋病院、総合太田病院
・1名 佐久総合病院(長野)、埼玉医科大学総合医療センター(埼玉)、伊勢崎市民病院、桐生厚生総合病院、公立藤岡総合病院、黒沢病院附属ヘルスパーククリニック

~DMATでの活動~(詳細については後日報告します)
期間:3月12日~3月15日 主な拠点は花巻空港SCU
*天候不良のため3月15日夕~3月18日朝は新潟空港待機
活動:被災地における患者の域内搬送や後方搬送など



【2010年度】
<要請・出動>
ドクターヘリ要請:674件(先年度+279件)
ドクターヘリ出動:523件(先年度+200件)、未出動:151件(先年度+79件)
・現場出動:406件
・施設間搬送:68件
・出動後キャンセル:49件(キャンセル率:9.4%)

先年度と比較すると出動件数が200件増えています。そのかわり重複要請による未出動が増えており、今後も防災ヘリとの連携や北関東広域連携などでできるだけ対応できるように努力しようと思います。ただしキャンセル率が下がってきたり要請までの時間が遅くなってきています。出動件数が増えたことに満足することなく、“防ぎえた死ゼロ”を目指し1分でも早く高度の医療を開始するためにさらなる早期要請を考慮してください。

2010年度のドクターヘリ活動実績の詳細は、数日中に群馬県ドクターヘリホームページに更新予定です。2011年度もよろしくお願いいたします。

2011年4月1日・・・新年度のスタートです!

2011年3月30日水曜日

医療者の魂!

集中治療科・救急科&フライトドクターの町田です。



2010年度もそろそろ終わろうとしています。例年であれば年度末の統計をまとめたり、新しく来る先生を迎えるに当たりいろいろ準備をするところですが、今年はあまり体制が整っておりません。でも新しく来る先生が早く仕事と職場になじんでくれるようみんなで迎える気持ちは高まっています。

麻酔科から伊東先生(真ん中)が半年間当科で研修を行い、今月で修了になります。
ER、ICUで大活躍していただきました。
左から朝日航洋の大出整備士、鶴本機長です。3/12から3/15までずっと
群馬県ドクターヘリで被災地での活動をともにしていただきました。

当院は高度救命救急センターということで計画停電から外していただくことになりました。しかし、計画停電中もいつもと変わりなく救急外来も集中治療室も大混雑です。毎日ベッドコントロールと闘いながら、他病院の協力も仰ぎながら可能な限りなんとか重症患者の受け入れを行う日々が続いています。この3か月でICUには約180人の入室があり、ドクターヘリも約120件の出動がありました。昨日は4件の要請が重なり、そのうちなんとか3件に出動しました。
4月の初旬には2010年度の実績を皆さんに公表できるよう、なんとか今日から仕事のすきを見ながらまとめ始めようと思います。

患者さんの無事を祈り見送る、
被災地の看護師さん・・・
新聞やニュースでは被災地にだいぶ物資が届いてきたという話題が増えてきましたが、まだまだ十分とは言えないようです。特に医薬品などの医療に関することは全然不足しているようです。そのような中で、自分の診療所や医院が津波に流されてしまったにもかかわらず、避難所を巡回し地元の方々のために診療を続けている医師や看護師のことが新聞で報じられていました。写真をみるとその医師や看護師自身がやつれた顔をしているにもかかわらず、避難している高齢者の方に笑顔で話しかけていました。「患者に呼ばれたら、診ないわけにはいかない・・・」という言葉を胸に、24時間いつでも呼ばれたら対応しているとのことです。



いまだに信じられない光景の中での
活動でしたが、病院スタッフの協力で
夜遅くまで続いた患者搬送において、
一人もけが人が出ませんでした。
その新聞記事の中に、“津波で機能不全となった石巻市立病院から転進した医師、看護師とともに学校の保健室で診察する”という部分がありました。石巻市立病院は津波で陸の孤島となり、そこに取り残された約130名の患者さんが取り残されました。その時に残った約140名の医療スタッフがわずかに残された食料と医薬品を患者さんに分け与え、水も電気も使えない中で患者さんのケアを行っていたとのことです。DMATが入り患者さんの搬出が始まったのが発災3日目の3/13で、本格的に患者の搬出が行われたのが3/14でした。私も3/14からDMATとして活動に参加しましたが、本来なら被災者である病院スタッフが本当に一生懸命に患者さん搬出活動の手伝いをしてくれました。病棟から階段を使っての患者さんの搬出、ヘリコプターまでの案内、そして搬出が遅くなる患者さんへの声掛けなど、本当にどのような状況に置かれても常に医療者としての魂が消えることがありませんでした。3/14に患者さんの搬出が終わり、怖いくらい静かで暗い海沿いの病院の中で一晩明かし、翌朝に医療スタッフも全員搬出しました。搬出先も被災地内であるため今後のことが心配のまま群馬に戻ってきましたが、いまでも医療人として被災地内で頑張り続けていることがこの新聞記事からわかりました。






被災地のなかで今でも活動し続けている医療人の魂を決して忘れず、群馬県の救急医療を守る、被災地の医療支援を送り続ける、といういま私たちにできることを一生懸命やらなくてはならないと感じました。
町の早期復興と病院の再開を心より願っています。



2011年3月28日月曜日

初期研修医たちの旅立ち

集中治療科・救急科の町田です。

今朝大きな余震がありました。一番揺れた石巻には私もDMATで出動しており、通勤中のラジオから流れてくる情報から耳を離せませんでした。今回の余震では大きな被害がなくほっとしていますが、死者、行方不明者の数が発表のたびに増えてい現実が、今回の災害の大きさをあらためて突きつけられます。今も被災地で懸命に過ごしている被災者の皆様、救助活動や医療活動を行っている皆様、遠くからで申し訳ありませんが心より応援しております。何らかの形で毎日支援を続けていきます。


先週の金曜日は当院初期研修医第6期生の修了式がありました。屋上ヘリポートに来て、“どうしたらヘリに乗れるんですか~?”と無邪気に質問していた日から、あっという間に2年間が立ちました。当科ローテーションのときは、救急外来や集中治療室で重症患者への対応や当直業務に圧倒され悔しくて落ち込んでいた姿もありました。でも最近では救急外来での患者さんへの対応もある程度任せられるようになり、また集中治療室でも自分で一生懸命考えて指示を出すように成長してきました。また、今回の震災で多くの病院スタッフが医療チームとして被災地に入りましたが、その際も病院の機能を落とすことなく守ってくれた大きな力でした。
本来は修了式の後に祝賀会があるのですが、今年は自粛して中止となりました。でも初期研修医が集まって小さいながら送別会があり、そこに当科スタッフも2名参加させていただきましたが、2年生が1年生に多くのことを引き継いでいる姿が印象的でした。当院で学んだ初期研修医はどこに行っても大きな力としてがんばってくれることでしょう。これからの活躍に大いに期待しています。


3月末をもって卒業する11名の勇姿!
彼らの活躍が当院の活動を支えてくれました。


昨年4月に一緒に当科に来た後期研修医トリオ!
彼らもすでにスタッフとして大活躍です。
宮澤先生(写真左)はお別れですが、岡森先生、雨宮先生は
4月から新しく来るメンバーのよき兄貴分になるでしょう。


ブログのタイトル画面に桜の花を咲かせました。今年は桜の開花が遅れているようです。被災地に早く暖かい春が来るように祈っています。

2011年3月24日木曜日

旅立ちの季節。

集中治療科・救急科&フライトドクターの町田です。


東北関東大震災の被災地ではまだ十分な医療が受けられない方が多いとニュースで流れており、長期的なサポートの必要性が十分に伝わってきます。本日当院の日赤救護班3班目(初動救護班を含めると8班目が帰還しました。石巻での救護活動を行ってきましたが、被災した皆さんの心の温かさが印象的だったとのことです。当院では引き続き救護班を派遣する予定でいます。
余震が収まり、寒気が早く抜けて、被災地に早く穏やかな暖かい春が訪れることを切に願っている毎日です。


3月末になりました。年度末は送別の季節です。当科も2名のスタッフとのお別れがやってきてしまいました。

1名は都内の病院の麻酔科から1年間研修で来ていただいた宮澤先生。本来は半年の研修予定でしたが、本人の強い希望もあり1年間当科で一緒に過ごしました。来たばかりのときは「麻酔科からきて救急のことは何もわからない」といっていましたが、あれよあれよという間に仕事を覚え、今ではERでもICUでもリーダーや当直を任せても安心です。明るく元気でたのもしい姿が、若い研修医にとっては“頼りになるお姉さん”であったとのことです。まだ当院で働いていますが、来週にはお別れです。昨日宮澤先生に続いて当院研修に来る先生に病院案内をしていました。引き続きよろしくお願いします。
蓮池師匠と弟子(僕)です。

そしてもう1名、僕がこの病院に来る2年前から当科で働いていた蓮池先生。僕も3年前から救急医療に従事するようになりましたが、外科系上がりで知識より経験頼りであった僕に、一から抗生剤の正しい使い方、人工呼吸管理の仕方を教えてくれました。医師になってから今までで一番僕に知識を与えてくれた医療人の一人です。当科スタッフや看護師からの絶対的な信頼があり、ICLSコースを仕切ったり研修医に熱心に指導したり、心から尊敬できる医師でした。ゆっくりと送別をできぬまま蓮池先生は今日で最後になってしまいましたが、最後は「またどこかで一緒に働こう。」と約束し握手をして別れました。神戸でさらにステップアップをして、世界に羽ばたくような活躍を願っています。またみんなで会える日を心待ちにしています。



また明日は当院初期研修医2年目の修了式があります。特に当科をローテーションしているときは毎日が目まぐるしく過ぎていたと思いますが、いまは一人ひとりしっかりと自分で考えて患者さんにより良い医療を提供している姿が見うけられ、指導医としても本当にうれしく思います。。今回は修了式の後の懇親会は中止となりましたが、4月以降それぞれのステージでまた頑張っていただき、すべてが落ち着いたらできなかった懇親会を開いてあげたいと考えています。


最後に、被災地で行われている卒業式の映像がテレビから流れてきます。その光景をまだ普通の感情では見られません。若い彼らにとってあまりにも背負った運命は大きすぎます。でも、卒業式の場にいる若者の目は本当に輝いていました。支えあうことの大切さをわかる純粋な心、そしてその目の輝きに被災地の復興への光を感じました。
私たちも新年度から今まで以上にすべきことは多いと思います。日々自分ができることを真剣に考えながら、新年度から新たに当科に来る4人のスタッフ仲間に迎え、これからも皆様によりレベルの高い医療の提供と皆様にとってより信頼のおける高度救命救急センターとして存在していくために一生懸命頑張っていこうと思います。


<支えあう大切さ・・・>

石巻では、津波で取り残された病院スタッフの方が
患者搬送のため夜遅くまで積極的に協力してくださいました。

被災県の患者受け入れの際には、当直医師に加えて
当直明けや休みを返上した当科スタッフが十分すぎる活躍をしてくれました。
 
緊急援助で患者搬送を行った遠方からの救急車に
前橋市消防局がガソリンの提供をしてくれました。


2011年3月22日火曜日

前橋赤十字病院初動救護班(日赤DMAT)活動報告

集中治療科・救急科の町田です。

ガソリンスタンドが大混雑しているため自転車で通勤する職員が増えています。また電車がとまっているので病院で寝泊りしている職員もいます。病院の9階にあるドクターヘリ運航待機室からきれいな前橋の夜景が見えますが、今はいつもと違って街の明かりが少ないです。しかし群馬ではいつもと同じ生活が行われています・・・今までどれだけ無駄にエネルギーを使っていたかを思うと心が痛みます。


3/19に引き続いて昨日も被災県である福島県の病院の患者さんの受け入れを行いました。
昨日は群馬県DMATの10チーム47名が集まり、群馬県立産業技術センターをSCUとして搬送されてきた患者さんの群馬県内各病院へ分散搬送する活動を行いました。県庁や群馬県内各消防本部など関係各機関のご協力もあり、20時半ころに患者さんが搬送先にすべて収容されたことを確認しました。


災害援助の救急車や自衛隊救急車で患者さんが搬送されてきました。
SCUでトリアージ、状態の安定化の確認、必要であれば治療を行いました。

2日間で124名の患者さんを群馬県内の各病院に搬送しました。

今回の東北関東大震災の急性期災害活動においては、初動救護班(DMAT)としてのべ7チームを派遣しました。
・花巻SCUにおけるドクターヘリ調整本部
・福島医大におけるドクターヘリ調整本部
・石巻市立病院における後方搬送調整業務
・ドクターヘリによる後方搬送
の現地活動に加えて、
・当院をSCUとした福島県大町病院の傷病者受入
・群馬県立産業技術センターをSCUとした福島県大町病院の傷病者受入
・群馬県DMAT調整本部活動
を行いました。

昨日の活動で当院のDMATの活動は終結となりました。この間、当科の若手医師や研修医のスタッフにはいつもの高度救命救急センターとしての病院の職務を維持すべく、本当に休む時間を惜しんで一生懸命働いていました。また他科医師の皆様や病院職員の皆様にも多大なるご負担をおかけしましたが、当科スタッフや職員の皆様の後方支援がなければこのような活動は決して行うことができませんでした。皆様のご協力に心より感謝いたします。


被災地への支援はまだまだ継続しています。当院からも初動救護班(DMAT)に引き続き、救護班が被災地で活動しております。現在は3班目が活動中です。病院に残っている職員も、これからも一人ひとりが何ができるかををしっかり考え、それを実行しながら支援を続けていきます。

現在活動中の日赤救護班です。
これから先も救護班の派遣は続きます。

2011年3月20日日曜日

支援活動は続きます。

東北地方太平洋沖地震によって被害を受けられた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

初動救護班(DMAT)5チームが3月15日に病院に戻ってきました。
その後も日赤救護班が引き続き被災地で活動中です。

3月19日は、県庁からの指令で福島県南相馬市の病院より62名の患者さんを群馬県基幹災害医療センターである前橋赤十字病院で受け入れました。医師、看護師、ロジにより結成された支援チームで患者さん受入後に各転院先病院へ送り届けるまでが今回の活動でした。

支援チームスタッフで何度も綿密に打ち合わせが行われました。


患者さん62名を乗せた大型バス。



20日夜中まで活動は続き、全患者を群馬県内の各病院に搬送しました。

今後も被災県からの患者さんの受け入れ等、まだまだ支援活動継続中です。

記事記載:@JUN

2011年3月16日水曜日

被災者の皆さんに物資と勇気を与えてください。

町田です。

まずは3月11日の東北地方太平洋沖地震により、お亡くなりになられた方のご冥福をお祈り申し上げます。また、被災された多くの方に心からお見舞い申し上げますとともに、被災地の早期の復旧をお祈り申し上げます。

前橋赤十字病院でも発災日にDMAT(初動救護班)1チーム、翌朝にはドクターヘリでもう1チーム、その後も陸路やヘリコプターで3チーム派遣し、合計5チーム20人を福島、宮城、岩手での活動に派遣しました。また後方搬送の重症患者の受入れも行いました。

私も発災3日目に福島医大に入り、翌日から2日間津波によって孤立した石巻の病院の活動に参加し、昨日夜に福島経由で前橋に帰還しました。初日から参加しているチームも昨日帰還しましたが、現在は引き続き日赤救護班として当院の救護班が被災地で活動を継続しています。被災地の活動継続のために病院を挙げて協力体制をとっています。

まだ多くの方々が活動中であり、現時点では詳細の報告はいたしません。ただ僕自身、石巻で津波に壊滅された町並みで津波の恐怖を目のあたりにしました。福島でも津波と原発のことに懸命に取り組んでるスタッフの必死の姿を見ました。

津波によって破壊された町並み・・・

残されていた病院スタッフのご協力に心より感謝いたします。
被災者のみなさんは協力し合って一生懸命がんばっていますが、とにかく物資が不足しています。夜に水も電気もつかない病院にいましたが、水1滴、紙1枚、毛布1枚が本当に大事なことを感じました。


多くの国民が各々の形で被災者のために支援をしていると思いますが、これからも一人ひとりができることをもっともっと考えて何らかの形で被災者の皆さんに物資と勇気を与え続けてください。

2011年3月13日日曜日

おわび

いつも当ブログにお越し頂きまことにありがとうございます。
現在、東北地方太平洋沖地震へのドクターヘリ出動、DMAT出動のため、スタッフによるブログ更新ができない状態です。
誠に勝手ながら、当面の間、ブログ更新はお休みさせていただきたいと思います。
よろしくお願い致します。





       

2011年3月10日木曜日

群馬県の救急医療を支える若者たち!(テレビ放映で感じたこと・・・)

すっかり若者扱いされなくなった年男の町田です。

中野センター長と明るい仲間たち!
群馬県の救急・集中治療を支えていこう
という気持ちで集まっています!

昨日の朝に当院救命救急センターの様子がスーパーモーニングで放映されました。約15分のVTRでしたが、当院の救急外来やドクターヘリの活動を十分すぎるくらい紹介していただきました。僕はICU当直をしていて、ちょうど朝方に当直帯で4件目の入室依頼があったため急いで入室の準備を行い、なんとかその放送を見ることができました。

僕も何気に出ていていろいろ話していましたが、県外から当院当科に来てがんばっている後期研修医2人が取り上げられていました。畠山医師はドクターヘリでの現場活動、岡森医師は救急外来での患者さん受入れにおける苦労を語っていましたが、2人とも救急科スタッフとして1,2年目でありながら冷静な判断と的確な活動をしている姿が映し出されていました。また今ドクターヘリ同乗研修中の雨宮医師や当科を回っている初期研修医が、今回のVTRではヘリへ、患者さんのところへ・・・とにかく走って走って走り回っていました。彼らの地元の皆さんもその活躍を見てくださっていたでしょうか?


今日も患者さんのもとへ向かいます。
(写真はドクターヘリ飛行不可時の
緊急ドクターカー出動の様子。)
当院高度救命救急センターでの研修を希望して群馬県に来てくれる後期研修医や、ローテーションで当科を回ってきたり他病院から選択で当科を希望して来る初期研修医の若者たちが、群馬県の救急医療の大きな力になっていることをつくづく実感しました。そして4月から新たに3人の後期研修医が当科に来てくれます。“崩壊が始まっている”といわれる群馬県の救急医療がこれから充実できるように力を合わせてがんばっていきますよ!あとは地元群馬出身で救急科医を目指す若者が増えてくれるといいですね。





ところで昨日昼頃に三陸沖を震源とする大きな地震がありました。最大震度が5弱もありましたが、幸い大きな人的被害が出なかったようで安心しています。DMATの待機要請はありませんでしたが、地震が起こった直後は救急科スタッフは入ってくる情報に耳を傾けていつでも出動できる心構えで仕事に臨んでいました。僕も当直明けで帰ろうとしましたが、しばらく病院に待機し落ち着いたところで確定申告に出かけました。NZ地震では残念ながら日本人の死亡が確認され始めています。クライストチャーチは以前訪れたことのある思い出深い街で、今回の地震については本当に心が痛いです。早く被災者全員の安否と身元が判明することを望み、またお亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

2011年3月8日火曜日

第38回日本集中治療医学会に参加しました。

集中治療科・救急科&フライトドクターの町田です。


久しぶりのICU当番です。(当科では救急外来、ICU、入院当番を数週間単位でローテーションしています。これに加えてドクターヘリの当番日もあります。)今年も約60人/月のペースで患者さんが入室していて、ベッドがずっといっぱいの中でなんとかコントロールしています。

集中治療管理も当科にとってとても重視している部門で、重症多発外傷、重症熱傷、敗血症、大手術後などの患者さんに対して、常にICU専属医を配置し高度の医療を提供するようにしていますが、集中治療はまだまだ発展し続けている分野で、私たちも常に勉強や新しい知識や得るための努力をしています。その一つとして、2月24日~26日まで横浜で開催された第38回日本集中治療医学会に当科スタッフも参加させていただきました。

日本集中治療医学会に参加して
集中治療科・救急科 岡森慧

2月24日~26日の3日間、日本集中治療医学会総会@パシフィコ横浜、に参加してきました。
初日は生憎の小雨でしたが、残る2日はいい天気に恵まれました。


当院からの発表は計3演題でした。
・鈴木:「APRVによるリクルートメント後に施行したPhigh titration中の血液ガスの推移」
・畠山:「脳症を伴う多臓器不全を呈したツツガ虫病の2例」
・岡森:「集中治療管理を必要としたレジオネラ感染症の3症例」
我らが中野部長も会議に座長にと、大忙しだったようです。


学会では他施設で行っている医療の現状や最新の知見を学ぶことができて、とても勉強になります。前橋赤十字病院からもどんどん情報を発信して、より良い医療の追求に貢献していきたい・・・そんな思いを新たにした、有意義な3日間でした。



        <延期になっていたテレビ放映のお知らせ>

先月当院高度救命救急センターの仕事の様子の取材があり、その放映が2月23日でしたが国際情勢、日本の政局の不安定(ずっとですが・・・)のために延期になっていました。
そして明日いよいよ放送日になります。当科スタッフは全国から集まっているので、スタッフの出身した地元の皆さんに頑張っている姿を見ていただければ嬉しく思います。


3月9日8時~10時 テレビ朝日系列「スーパーモーニング」
番組内で約15分(8時10分~30分)の予定

朝の最も忙しい時間帯ですが、よろしければご覧ください。

2011年3月7日月曜日

ドクターヘリ出動数が今年度500件をこえました。

集中治療科・救急科&フライトドクターの町田です。

富士山がくっきりと見えました!
この週末は前橋市救急医療懇話会の視察旅行に同行させていただき、静岡市まで出かけていました。普段から病診連携や病病連携でお世話になっている先生方といろいろなお話をする機会をいただきました。
静岡も風が強かったのですが(群馬から押しかけたからでしょうか?)雲ひとつない快晴で、富士山と遠州灘の美しい景色が大変印象的でした。静岡県民は幼少期から地震・津波対策のことを教えられているとのことで、自県で起こりえる災害への温度の高さを感じました。









朝日航洋さんの安全運航のもと、
今年度は500件の出動をこえました。
「防ぎえた死ゼロ」を目指して、これからもご協力
どうぞよろしくお願いします。
(ちなみに正面の美しい山は浅間山です!)

群馬県ドクターヘリも週末5件の出動があり、2010年度の出動数が500件を超えました。
2009年2/18より全国で15道府県、17機目のドクターヘリとして運航を開始し、2008年度は26件(2/18-3/31のみ)、2009年度は323件、そして今年度は3/6現在で501件出動しています。
出動数が増えているのは、ドクターヘリが適応となる傷病者が増えたわけではなく、ドクターヘリを迷わず的確に要請するようになったためだと考えています。しかしキャンセル率はどんどん下がってきていることを考えると、「防ぎえた死ゼロ」を達成するためにはまだまだドクターヘリの需要があるはずです。
当ブログとリンクさせていただいている但馬ドクターヘリでは、今年度から運航開始したにもかかわらずすでに要請数1000件を超え、出動数も800件近くになっているとのことです。もちろんドクターヘリの出動が増えることはあまり喜ばしいことではありませんが、まだまだ活動実績に満足することはありません。

これからも「空とぶ救命センター」として命を守るために活動し続けますので、引き続きご協力のほどよろしくお願いします。

2011年3月5日土曜日

うれしいことがたくさんありました!

集中治療科・救急科&フライトドクターの町田です。
救命救急センターという場所では毎日いろいろなことがあります。うれしいこと、大変なこと、つらいこと、感動すること・・・そのようななか、今週はうれしいできごとがたくさんあったので紹介します。


①道徳の授業&ドクターヘリ講演会を行った小学校の児童からお手紙をいただきました!
あたたかいメッセージが
たくさん詰まっています!
3月1日にドクターヘリが5回着陸している“みどり市立笠懸東小学校”において“命についての道徳の授業&ドクターヘリ講演会”を行いました。(詳細は3月1日のブログをご覧ください。)児童の皆さん、先生方に大好評とのことで、PTAでも話題に上がったとのことです。
そして昨日同小学校の3年生の児童全員からお手紙をいただきました。道徳の授業を行った3年1組の皆さんからは“命の大切さ”にかかわる多くの内容がかかれていて、命についてあらためて考えるいいきっかけになったのかなぁと思いました。また、3年2組、3組の皆さんからも“ドクターヘリの説明がわかりやすかった、面白かった”とか“がんばってください”という応援メッセージもたくさんいただきました。なかには“将来ドクターやナースを目指したい”というメッセージもあり、約20年後(僕は50歳代・・・)に一緒に命を守る仕事をしているかもしれませんね。
ちなみに今回の授業と講演会の様子は、3月2日の桐生タイムス、3月4日の上毛新聞に掲載されていました。取材ありがとうございました。これからもこのような会を続けて行きたいと考えていますので、ご協力よろしくお願いします。

②初期研修病院へ空から3年ぶりに訪れました!
てきぱきと診察をこなします!
医師になりたてのころは不安と緊張だらけの毎日で、本当に大変だった思い出があります。しかし、大変だったからこそ初期研修を行った病院(僕はもう約10年も前ですが・・・)には特別な思い入れがあります。
都内にある板橋中央総合病院の麻酔科から後期研修医を1名派遣していただいて、当科で半年交代で研修を行っています。今いらしている宮澤先生はご自身の希望と派遣先病院のご協力のもと1年間当科で一緒に働いてきました。そして先日ドクターヘリの同乗研修がありました。以前ブログにも書きましたが、当科ではJPTEC,JATECを受講し、かつ救急車同乗実習で現場活動も勉強し、単なる同乗ではなくてドクターヘリスタッフの一員として活動できる準備を行ってから同乗してもらいます。とはいっても1年間みっちり当科で働いていただいたので、現場での傷病者の診療、救急隊とのコミュニケーションもばっちりでした!
思い出の病院での一枚!
4年前は信州ドクターヘリをバックに、
今は群馬県ドクターヘリをバックに。
出動先と傷病者の状態から佐久総合病院への搬送になりましたが、実はその病院こそ宮澤先生が初期研修を行っていたところでした。初期研修医だった頃にたくさんご指導いただいた上級医の方にお出迎えしていただき、救急初療室ではお世話になった看護師さんがいらっしゃったとのことです。まさか3年ぶりに空から訪問するとは思わなかったようで、傷病者を引き継いだ後は感慨にふけっていました!救急医療を通じて多くの人とつなっがっていることを自分自身もあらためて感じました。






③群馬県防災ヘリ“はるな”が戻ってきました!
防災航空隊の皆さんもまちわびて
いたようです。“お帰りなさい!”
5年に1度の大きな点検のた約5ヶ月近く群馬県から姿を消していた群馬県防災ヘリ“はるな”が群馬県に戻ってきました。ちょうど強風のためドクターヘリは群馬ヘリポートで待機していましたが、防災ヘリの帰還を防災航空隊の皆さんと迎えました。防災航空隊の皆さんは空の男たち・・・“はるな”の帰還を待ちわびていたので感動もひとしおのようでした。群馬県では防災ヘリとドクターヘリはとても仲がよく、すでに何度もコラボレーションで活動しています。僕たちにとってもとてもうれしい日になりました。
群馬県警ヘリ“あかぎ”、群馬県防災ヘリ“はるな”、そして群馬県ドクターヘリの3機が久しぶりに群馬ヘリポートにそろったひな祭りの日でした。



ひなまつり・・・快晴(ただし強風)の群馬ヘリポートでのスナップです。
宮澤先生、1年間ありがとうございました。
久しぶりに、群馬県を守る3つのヘリコプターがそろいました!
(左からドクターヘリ、防災ヘリ、県警ヘリ)

2011年3月3日木曜日

群馬県ドクターヘリ2月実績最新データ更新しました。

皆様、こんばんは。
ホームページ更新担当の@JUNです。

大変お待たせ致しましたが、本日群馬県ドクターヘリ実績(総実績、2010年度実績、使用したランデブーポイント)を最新データに更新致しました。






この他、使用したランデブーポイントでは、新たに6枚の写真を追加、差し替えしております。
サイト上ですと、240×180ピクセルの大きさで控えめに掲載していますが、改めて大きなサイズで紹介しようと思います。

スライドショーになってますのでお楽しみ下さい。



※申し訳ありませんが、写真の無断使用はかたくお断り致します。

2011年3月1日火曜日

“命の大切さを伝えるために!”小学校でドクターヘリ講演会を行いました。

集中治療科・救急科&フライトドクターの町田です。

今日は“「命の大切さを伝える」道徳の授業への特別参加”と“ドクターヘリ講演会”のために、みどり市立笠懸東小学校に出かけました。
笠懸東小学校には群馬県ドクターヘリがランデブーポイントとしてすでに5回着陸させていただいていて、また小学校の先生方も救命講習やAEDの使用法などに熱心に取り組んでいます。小学校の先生からドクターヘリの活動を目の当たりにしている児童へ命の大切さを伝えたいという希望と、僕たちが一般市民、とくに若い人たちにドクターヘリの活動の意味や救急医療のことを伝えたいという希望があり、両者の希望がマッチングして今回このような企画が実現しました。


ドクターヘリでは7分で到着するところを、もちろん車で45分かけて向かいました。(ちなみにドクターヘリは2件出動があり、うち1件は前橋市内の小学校に着陸しました。)
小学校の到着し、まずは校長室で校長先生とお話させていただきました。校長先生の教師人生の中で経験した“命”にかかわるつらい思い出とそれによって今回行うことの意味を語っていただき、その熱い思いに感動しました。つづいて教頭先生にご案内していただき一緒に給食をいただきました。笠懸地域の小学校では自校で給食を作っているとのことで、あたたかくておいしい“みそ味たんめん”と“大根サラダ”でした。(食べるのに夢中で写真を撮るのを忘れてしまいました・・・)


 いよいよ5時間目の授業、3年1組での道徳の時間です。

なれない教壇に、かなり緊張
してしまいました・・・
“お母さん泣かないで”という話を元に、大切なお友達が亡くなってしまった私の気持ちや命の大切さを考える授業でした。僕のほかに当院救急担当事務、そして桐生市消防本部から12名の見学者があり、いつもと違う雰囲気に児童たちは児童の皆さんはとても緊張していたようですが、緊張した中にも命について真剣に考えている児童の皆さんの顔が印象的でした。授業の後半には、僕から命の現場で働いている経験をもとに、“まわりにいる大切な人たちのことも考えてその人の命を守っている。”という話をさせていただきました。授業は学年主任の板倉先生によりおこなわれましたが、最後に先生がおっしゃった“ひとつの命は周りの多くの命によって支えられている”という言葉がとても心に残りました。


そして6時間目、体育館でのドクターヘリ講演会です。

約400人の熱いまなざしに・・・


3~6年生が全員出席してくださったとのことで総勢約400人の児童、そして先生方に、桐生市消防本部12名の応援のもとドクターヘリについて講演させていただきました。
“自己紹介&仕事紹介”ではじまり、、“ドクターヘリに使うヘリコプターの解説”はクイズ形式でを交えながら行い、児童の皆さんも積極的に手を挙げてくれたり、突然のマイクにも応えてくれていました。つづけて“ドクターヘリではたらく人たちの仕事紹介”を行いました。そして今回の講演の中で最も大事な“ドクターヘリの仕事”について説明しました。ドクターヘリは1秒でも早く傷病者の治療を開始するために医師、看護師、そして高度の医療資器材を運ぶものであることを伝えるために、ちょっと難しい話しになったと思いつつも「ドクターヘリは早く患者さんを運ぶための乗り物ではなく、そらとぶ救急治療室なんだよ!」と話をしたところ、多くの児童や先生方が“なるほど~”とうなずいていただけました。この時は本当にうれしかったです。
僕も熱くなりました!
あっという間に30分の講演が終わり、つづけて児童からの質問コーナーがありましたが、たくさんの人が手を挙げてくれました。時間の都合で全員の質問にお答えできなかったのが残念でしたが、質問の内容も“どのような患者さんにドクターヘリがよばれるのですか?”“ドクターヘリで診た患者さんはヘリのある病院に連れて行くのですか?”など大人顔負けの鋭い質問ばかりでした。最後に児童の代表の方からお礼のご挨拶までいただき、本当に楽しくかつ充実した時間となりました。




今回このような素晴らしい機会を提供していただいたみどり市立笠懸東小学校、そして今回の授業と講演を行うために奔走していただいた板倉先生に心より感謝いたします。子供たちの心にどのような形でもいいので残っていただければうれしく思います。このようなことは今回だけではなく、今後いろいろな学校やドクターヘリに関わるあらゆるところに広がっていくことを希望しています。僕たちはどこでも行きますよ!


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